
どーも気ままお父さんです!
8年前に最愛の妻を病気で亡くしました😢
「妻の想い」と「娘の笑顔」を大事に10歳娘を1人で育てている50歳のシングルファザーです。
今は、死別を受け入れ、娘と二人で、幸せと笑顔いっぱいに暮らしています😊
どのようにして、ツラい不安ばかりの日常を、楽しい日常に変えられたのか?
このブログには、死別の受け入れ方、老後のお金の不安解消法、家族の心温まるエピソードを残しています。
何か小さなことでも、当ブログが皆様のお役に立つことができたなら、うれしいです😊
詳しいプロフィールはこちら←クリック
【死別シングルファザーあるある】親離れ、子離れ
僕は、死別シングルファザーだ。
妻と死別して、はや8年が経った。
2才だった娘も10才だ。
この記事を書いているのは、娘は、5年生になったばかりの時だ。
多感な娘のことを書き留めておこうと思う。
また、シングルファザーの子育ての複雑な気持ちも聴いて欲しい。
娘は、5年生だ。
今年の誕生日がきたら、11才になる。
他の子と比べると、やや幼いように感じている。
しかし、最近、生活スタイルが少し変わってきた。
まず、学校が終わったあと、学童に行く回数が減り、家帰りが多くなってきた。
理由は、「クラスの友達と遊びたい」「ゲームがしたい」だ。
決して、学童が嫌な訳ではない。
学童に、5年生の同級生は、来なくなったが、学年違いの仲の良いお友達はいるので、一週間に2回ぐらいは通っている。
5年生のクラスのお友達は、学童に行くのではなく、学校が終ってから、自分で家に帰り、一緒に外で遊ぶことも増えているらしい。
その級友たちに誘われることが多くなり、学童も通いつつ、家帰りも増えてきた。
遊びに行かないときは、家に帰ってきて、宿題などを済ませれば、あとは、自分の時間を自由にできるので、ゲームをしたり、自分の好きなことをして、ゆっくり過ごせるのも、家帰りが増えた理由だ。
家帰りを最初にチャレンジしたのは4年生のときが。
最初は、娘は、不安で、僕も心配だった。
3先生まで、僕が、学童に迎えに行って、1人で家に帰ってくるという経験はなかったからだ。
一番最初は、僕が休みで家にいる時に、家帰りの練習をした。
自分で家の鍵を開ける練習もした。
一度、自分でできると、娘は自信を持ち、僕の心配も無くなる。
最初は、時々だった家帰りも、5年生になり、回数が増え、今では、週に3回は、家帰りする。
連絡手段は、僕の使わなくなった古いスマホを活用している。
外では電波がなく使えないが、家の中では、Wi-Fiにつないで、連絡のやり取りができる。
外出も増えてきたので、そろそろ娘のSIMカードも準備もしなくてはならない。
少しずつ親離れしていく娘。
少し寂しい気持ちはあるけど、一緒に自立への階段をのぼっていける体験は貴重だ。
最初は、手をつないで一緒にのぼって、手を離す。
娘は不安ながらも、今までギュっと握ってきた僕の手をゆっくり離していく。
僕も、心配だが、娘が不安がらないように、笑って、娘が自分で手を離せるように手の力を抜いて待つ。
手を離した後は、娘は、ドキドキしながら、ひとりでできるかチャレンジする。
僕は、ドキドキしながら、娘がひとりでできるか見守る。
今、2人で、そんな体験が増える。
そして、娘がひとりでできることが多くなってきた。
喜ばしいことだ。
しかし、僕の役目が少しずつ減って寂しくもある。
こんな気持ちが分かるのも、ひとりで育てているからかな。
妻が生きていたら、このようなことは、妻に任せきりで、妻からの話を聴き、笑っていただけだろう。
喜びのほうが多く、寂しいとは思わなかったような気がする。
こんなに外出するのにドキドキして、帰りを待つことも無かっただろう。
できるだけ、この体験を覚えておきたい。
そう思いながら、書き綴っている。
最後まで読んでくれてありがとう。
シングルで子育てしている方の励みになればうれしい😊

コメント