【死別シングルファザーあるある】妻の命日に想うこと。

幸せになるヒント
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どーも気ままお父さんです!

8年前に最愛の妻を病気で亡くしました😢
「妻の想い」と「娘の笑顔」を大事に10歳娘を1人で育てている50歳のシングルファザーです。

今は、死別を受け入れ、娘と二人で、幸せと笑顔いっぱいに暮らしています😊

どのようにして、ツラい不安ばかりの日常を、楽しい日常に変えられたのか?

このブログには、死別の受け入れ方、老後のお金の不安解消法、家族の心温まるエピソードを残しています。

何か小さなことでも、当ブログが皆様のお役に立つことができたなら、うれしいです😊

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【死別シングルファザーあるある】妻の命日に想うこと。

僕は、死別シングルファザーだ。

妻と死別して、はや8年が経った。

2才だった娘も10才だ。

2月14日は、8回目の妻の命日だった。

妻がお空に行き、8年経って、残されたシングルファザーは何を想うのか?

興味のある方は、読み進めて欲しい。


僕は、50歳。

妻は、年上だったが、47歳でお空に行ったので、今は、僕の方が年が上になってしまった。

2月14日は、8回目の命日だった。

お墓参りは、毎月、行く。

8回目の命日だからと言って、何も変わらない。

命日の2月は、お墓参りするには、寒いが、幸い今年は暖かい日だった。

極寒だと、寒くて、ゆっくりもできないが、今年は、暖かかったので、少し、ゆっくり妻に近況を報告してきた。

8年を思い返してみた。

頭の中に出てくるのは、娘の笑顔だ。

一生を共にすると思っていた妻が、お空に行き、絶望しかなく、毎日の日々の暮らしは、激務で、すごく大変だった。

でも、今、振り返ってみると、娘の笑顔ばかりが、思い出される。

人間とは、不思議なもんだと思う。

絶望的だった気分や、大変だった記憶は、薄れて、楽しい思い出が残る。

娘が、明るく、元気で、いつも笑ってくれていた。

今もそう。

僕の一生に、楽しい思い出を残してくれている。

小さかった娘は、今、もう10歳になった。

今年の4月で、五年生になる。

家の中では、まだまだ、甘えん坊だが、それでも、最近、日々、僕から、少しずつだが、離れていくのを感じる。

着る服も自分で決めるようになり、僕が勧める服は、「かわいくない!」とか言って、着なくなった服も少なくない。

家の中でも、一緒に遊ぶ時間は減り、お互いに好きなことをして過ごす時間が増えている。

これから、時間とともに、成長するにつれて、親離れしていくのだろう。

もちろん、ずっと、望んでいたことだった。

娘が幼く手が掛かる時期は、早く自分で、自分のことを何でもできるようになって欲しかったし、僕も自分の時間が欲しかった。

しかし、今、少しずつ離れていくのを感じると、僕の心は、寂しい気持ちが上回る。

娘の成長が、喜びでもあり、寂しさでもある。

まさか、こんな気持ちになるとは思わなかった。

子育ても、半分、終わったのかもしれない。

あと10年も経てば、20才になる。

あと10年かぁ。。短く感じる。

この8年を考えると、あっと言う間だった。

これから、娘にとっては、人生で大切な青春時代を迎える。

自我が芽生え、友達との人間関係に悩み、社会の仕組みに反抗的になったりもするだろう。

良い友達に巡り会い、娘の人生で、いつまでも心に残る時間を過ごすことだろう。

僕の言うことも聞かなくなり、衝突することも増えるかもしれない。

親離れをしていく娘を、子離れできない僕が、追いかける。

僕が寂しいからと言って、娘の大切な青春時代の時間を拘束するようではいけない。

8回目の命日は、これから、大人になっていく娘を想う、命日となった。

今年も、娘と一緒に、お墓参りした。

お墓をきれいにしながら、心の中で、妻に僕の気持ちを伝える。

妻は、何を想うだろうか?

返ってくるはずのない返事だが、きっと、「あなたなら大丈夫」って励ましてくれているだろう。

最後まで、読んでくださり、ありがとう。

皆様の励みになればうれしい。

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