妻との約束【シングルパパと娘の物語12】

スポンサーリンク
シングルファザーが、天国の妻に宛てた手紙たち<不定期>

 

どーも気ままお父さんです!

最愛の妻を病気で亡くしました😢
妻の想いを繋ぎ5歳娘を1人で
育てているシングルファザーです。

天国の妻と未来の娘に宛てた日記や
生活の質に関することを書いてます。

応援よろしくお願いします。

詳しいプロフィールはこちら←クリック

 


【シングルパパと娘の物語】は、天国の妻と未来の娘に宛てた手紙だと思って書いてます。

ほっこり多めにしてあるので、天国の妻や娘だけでなく、皆さんも、目を細めてくれたらうれしいです。

☆目次☆
1、仲直り
2、にらめっこ
3、死んで欲しくない
4、クリスマスソング
5、エピローグ

 


1、仲直り


朝は、どうしてもバタバタしてます😅

余裕を持てれば良いのですが、バタバタしてしまい、時間がないので、娘に「早くして~!」と、急がせてしまいます😅

あまり手を貸さずに、口だけ出すようにしています。

多分、何でも手を貸してあげれば、もっと早くに準備はできると思うのですが、そうすると、自分でやれなくなりそうな気がするので、時間の許す限り娘にやらせます。

娘も、反抗期から自分で何でもやりたがるので、手を出すとプリプリ怒ります。。😅

なので、私は、朝は、いつも時間が無く「早く~」ってなってます😅

随分と、準備は早くなってきて、今では、髪も自分で結えるようになりました。

でも、まだまだ子供。

どうしても、機嫌が悪く、ダラダラとしてしまうことがあります。

子供なので、仕方ないのですが、遅刻しそうな時間になると私も焦ってしまい、ついつい説教をしてしまいます。

その日は、朝、バタバタと準備して、車に飛び乗り、保育園に向かう道中、車の中で、

「どうして、いつもお父さんは、『早く~!』ってお願いすると思う?」

娘「遅刻するからでしょ?」

「そう、遅刻するとお父さんは、とても困るの。だから、早くテキパキ準備して欲しいんだよ。」

娘「分かってる!」

「じゃ、なんで、今日は、ダラダラ遊んでテキパキできなかったの?」

娘「・・・」

「お父さんはね、ダラダラは嫌いだよ」

娘「分かってる!😥」

「じゃ、明日からテキパキできる?」

娘「・・・😥」

最初は、しょんぼり、していたのですが、保育園でバイバイする時には、いつもの娘に戻って笑顔でバイバイしていました。

『子供に遅刻は困るということを理解してもらうのは、難しいなぁ😅』

と思いながら、私は、仕事場に向かいました。

その日、家に帰ると、娘は、キッチンで夕ごはんの用意をしている私の所に来て、

娘「お父さん」

「なんだい?」

娘「朝は、ダラダラしてごめんね。」

私は、健気に謝ってくる娘を愛おしく思い、調理の手を止めて抱っこすると、

「いいよ😊きちんと、謝ることができて、お父さんとてもうれしいよ😊」

娘「お父さんも、朝、私に怒ったよね」

「そうだね。怒ってごめんね😅」

娘「なら、二人で“ごめんね”して、二人で“いいよ”しよ😊」

「いいよ😊」

抱っこしていた娘を立たせて、

私&娘「ごめんなさい」

私&娘「いいよ」

ギュー!😊

心地良く、仲直りが、できました。

妻は、私の最大の理解者でした。

妻には『私の扱いが上手だなぁ』って、感心することが多かったのですが、まさか5才の娘にも同じように思わされるとは。。。😅

まだ5才。

小学校低学年のうちに、妻より私の扱いが上手になるかもしれません。

末恐ろしい~😅

 


2、にらめっこ


最近、娘の“にらめっこ”の技術が高くなってきました😅

ちょっと前までは、全然おもしろい顔もできなかったのですが、最近は、おもしろ過ぎて、つい笑っちゃいます😊

私は、大切な妻がいなくなって、笑顔なんて作れないと思ってました。

今、私が、笑って過ごせているのは、間違いなく、娘のおかげです。

娘は、常に私の笑顔を作ろうとしてくれます。

冗談も頻繁に言ってきますし、最近では、ダジャレも考えています。

にらめっこもそうです。

にらめっこの回数を増やしていくたびに、私の笑うツボを覚えていきます😅

そして、たどり着いた顔が、写真の通りです。↓

私の中では、“ツボな顔”です😅

妻が見たら、怒られそうですが、、、😅

ある時は、こたつに入っている娘が、私を呼びます。

娘「おとーさん!」

「なぁーに?」

と、娘の方を見ると、写真の顔で待ってます😅

毎度、思わず笑っちゃいます😊

妻に“娘にどんな大人になって欲しい”と聞いたら、

妻「笑っていてくれるだけでいい」

と、言っていました。

私は、妻に約束しました。

「“娘の笑顔”を大事に育てるね」

気が付くと、“娘が、私の笑顔を大事”にしています。

このまま、自分と周りの笑顔を大事にして成長してくれれば、妻も天国で喜ぶでしょう😊

“にらめっこ”で、そのようなことを思いました😊

ちなみに、娘は、この写真を「誰にも見せないで!」と言います。

乙女心も、順調に成長しています😅

この記事を娘が読む頃は、私は、この世にいないかもしれません。

知ったら、怒るだろうなぁ。

でも、にらめっこ1つで、私が、このような気持ちになったことを、私がいなくなった時の娘が知ったら、笑顔の1つでも増やせるかな。

いつまでも娘が、笑顔を大事にできるように、娘との物語を書き続けたいと思います。

 


3、死んで欲しくない。。


いつも笑って過ごしているのですが、たまに寂しくなるのか寝る前に妻の写真を見て、「お母さんに会いたい」と泣いていることもあります😥

そんな時は、「そうだよね。お母さんに会いたいよね。お父さんも会いたいよ😥」とギュってしばらく抱きしめてあげます。

娘「わたしが、いなくなったらどうする?」

突然、そんなことを言うようになりました。

「どうしたの?どこかいなくなっちゃうの?」

娘「いなくならないよ」

「いなくなったら、嫌だから良かったぁ~」

娘「私も、お父さんがいなくならないで欲しい」

「お父さんもいなくならないよ。」

娘「私は、お父さんがいなくなったら悲しいから、死なないでね。」

「うん、死なないよ。ひとりにしないからね。」

母親を亡くしているからか、娘は、人が死んだらどうなるのか、幼いながらに理解しています。

人が、死んだら戻ってこないとか、自分がどのような気持ちになるのか、体験しているからです。

妻が、亡くなって、私がまず思ったことは、

「すぐに死ねない。」

でした。

私が、死んだら、娘が、孤独になってしまうからです。

なので、すぐに死ぬわけにはいかず、健康には、今まで以上に気を遣うようになりました。

自分のためではなく、娘のためです。

妻にも、そのように伝えておきました。

私は、妻を最後まで、自宅で看取ることができました。

“私が妻を看取る”というのは、結婚する前から、妻と約束していました。

私が、妻より先に病気になって死んだ時のことを考えると、妻に介護などの負担や、独りになった時に、不安や、寂しい思いをさせることになります。

私は、妻のいない世界に何の未練も無いと思っていましたし、妻も一緒の考えでした。

でも、いつかどちらかが、先に死に、独りになります。

私は、妻に寂しく、大変な思いをさせたくなかったので、「僕が残る」と伝えてありました。

「介護が必要になっても、あなたを不安や不自由がなく生活させてあげるし、あなたを看取ったあとは、私もすぐにあなたのそばに行くから。」

妻「うん。お願いしますね。」

と、病気になるまでは、だいぶ先(80才ぐらい?)のことだと想定して、二人で話をしていました。

私たちが、語り合った老後は来ませんでした。

思っていたより、“その時”は早くやって来たのです。

約束は、1つ守れました。

妻を自宅で最期まで、看取れました。

しかし、もう1つの約束は守れていないです。

すぐには、妻のそばには行けなくなりました。

妻には、

「少し待たせるかもしれないよ。娘が、すごく早く20才ぐらいで結婚したとしても、18年は待たせちゃいそう。」

妻「うん。分かってる。」

「寂しい思いさせるね?」

妻「寂しいけど、私、待つの嫌いじゃないから大丈夫😊」

「約束、守れないね😥」

妻「いいの。娘のことをよろしくお願いします😊」

娘から、「死なないでね」って言われると、妻との果たせなかった約束を思い出します。

娘を育てあげて、妻にまた会えた時、私の肩の荷が下ります。

その時までは、妻の分までたくさん愛情を注いで、娘を育てあげたいと思います。

いつか、娘を独りにしてしまうと思うと、心が痛みます😥

その時までに、娘を支えてくれる家族ができると良いです。

娘が、新しい家族を作るまでは、私はいつまでも娘のそばにいたいと思います。

それまでは、元気な“お父さん”でいれるように、健康に気を付けたいと思います。

 


4、クリスマスソング


娘の名前は、“音楽で縁を結べる人”になって欲しいと、音に由来した名前を付けました。

私たちは、「もし、子供ができたら、この名前が良いね」って、まだ、結婚もしていない頃から、子供の名前だけは、決めていたのです。

男の子付けても、女の子に付けても、おかしくない名前です。

妻のお腹にいて、まだ、性別の判断も分からない頃から、二人で、お腹の子を名前で呼び、「お腹に来てくれてありがとうね。」とさすっていました。

その頃から、妻には、「子供には、小さい頃から、ピアノを習わせたい」と伝えており、妻も賛成してくれていました。

ピアノを習い出したのは、妻が亡くなった1年後ぐらいからです。

娘が、3才の時から始め、もうすぐ通い出して2年になります。

おかげで、だいぶ、曲が弾けるようになってきました。

私は、娘が弾く曲が好きで、いつも練習している娘に「もう一度弾いて😊」ってリクエストしています。

クリスマスには、“ジングルベル”を教室で習いました😊

両手を使って、リズム良く弾けます😊

クリスマスは、この曲を何度も聴かせてくれました😊

上手に弾けるようになった娘に、

「ありがとう。いつも心が暖かくなるよ😊」

と、伝えると、

娘「かっか(妻のこと)にも、聴かせてあげたい!」

と、妻の写真の入った写真立てを持ってきて、

娘「かっか、聴いててね😊」

と、写真の中の妻に言い、笑顔でリズム良く弾き出しました。↓

妻にも届いたでしょうか?

“音楽で縁を結べる人”

娘が、いつか音楽を通して、楽しく子育てして、まだ見ぬ私の孫に笑顔を作ってあげたり、音楽が好きな仲間を作って、笑って過ごせたら良いなと思います😊

妻も娘の弾く曲を聴き、“同じこと思っているかもなぁ”と思いました😥

“ジングルベル”を弾き終わった後の得意気な娘の頭を、妻が撫でているのが、思い浮かびました。

娘の弾く曲のおかげで、家族3人でクリスマスを過ごすことができました。

 


5、エピローグ


年中さんも半分を経過し、最近は、人の気持ちを察することもできるようになってきました😊

家では、わがままで甘えん坊の娘ですが、保育園ではお友達とうまくやっているようです😊

大きなケガや病気をすることもありません😊

服も汚してこないですし、おもらしもしたことがありません😊

すごく親孝行な娘で、とてもありがたいです😊

まだまだ、保育園なので、私も仕事と家事育児の両立ができていますが、これからもこのまま楽しく子育てができていくか、不安になることもあります。

相談できる人もいないですし、これからもひとりで手探りして、子育てをしていかなくてはなりません。

娘に、寂しい思いや、不自由な思いをさせるかもしれないです。

そう思うと、私のできる精一杯のことを娘にしてやりたいです。

ついつい甘やかせているだけのような感じもしますが、、😅

妻がいなくなり、毎日、娘の笑顔を見て、思うことは「娘をひとりにできない」ということです。

悩みや不安もありますが、考えても仕方ないので、私も自分の笑顔も大事に、娘にできることをしていきたいと思います。

きっと、妻は、私たちがクヨクヨしているところを見たくはないはずです。

二人で妻を想い出し、たまに寂しくて涙を流すことがあったとしても、二人で仲良く笑顔で暮らしていけたらと思います😊

前回の記事を読む→「娘と大好きな人に会いに行く【シングルパパと娘の物語11】」

 


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

このブログは、天国にいる妻と、未来の娘に宛てた育児日記、生活の質、お金について(生活費、株投資)を主に書いています。

また、3人の娘が、同時に不登校で悩んでた時の、親としての苦悩や体験談も30記事、書きました。

不登校に悩んでいる方がみえたら、力になりたいので読んでみてください。

娘の不登校体験談の最初に記事は、こちら↓

「【不登校1】中学生の娘が学校に行かなくなりました。その原因とは?」

私も、当時は、同じ悩みを持っている方の体験談などを、読ませていただき、前向きに頑張っている姿を想像し、励みになり、力になりました。

私も不登校で悩んでいる方の力や、励みになれれば、うれしいです。