
どーも気ままお父さんです!
7年前に最愛の妻を病気で亡くしました😢
「妻の想い」と「娘の笑顔」を大事に9歳娘を1人で育てている49歳のシングルファザーです。
今は、死別を受け入れ、娘と二人で、幸せと笑顔いっぱいに暮らしています😊
どのようにして、ツラい不安ばかりの日常を、楽しい日常に変えられたのか?
このブログには、死別の受け入れ方、老後のお金の不安解消法、家族の心温まるエピソードを残しています。
何か小さなことでも、当ブログが皆様のお役に立つことができたなら、うれしいです😊
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【シングルファザーライフ】無難な人生と有難な人生
もうすぐ50歳になります。
人生半分かぁって考える時間が増えています。
未来を不安に思う気持ちもありますが、今まで歩んできた道を考えることもあります。
人生を振り返ってみると、妻と生活していた頃までは、随分と無難な人生を歩ませていただいてました。
私なりには色々ありましたが、他の人と比べても、特に何もない平凡な人生だったと思います。
でも、当時の私は、自分の人生が平凡だと思うこともなく、特に深く何も考えずに過ごしていたように思います。
ところが、妻が亡くなり、生活が一変しました。
無難だった私の人生に初めて「難」がやってきたのです。
私の「難」は、私なりに大変なものでした。
やったこともないかかは、時間がかかる割には、思うように進まず。
関わってきたつもりだった育児も、ひとりでやってみると、関わってきたと言うのが恥ずかしいぐらい何もしてこなかったことを思い知らされました。
それに加え、今まで通りの仕事です。
そのような大変な毎日の中で、常に心の中にあったのは、妻への感謝でした。
多分、同じ境遇の方でも、「なんで私だけ」と嘆き悲しむ方もおられると思います。
しかし、私は、なぜか、愚痴が出るでもなく、自分の境遇を悲しむでもなく、ただただ妻に感謝しながら、ひたすらに、ひとりで、家事育児仕事に明け暮れる毎日でした。
そりゃ一言で言えばす「とても大変な毎日」でしたよ。
娘は、まだ言葉は通じない2才でしたし、慣れない料理は、時間がかかるくせに美味しくもない。
できた料理のあとのキッチンはぐちゃぐちゃで、片付けにも時間が掛かる。
毎日、洗濯して、毎朝、バタバタと保育園や学校へ送り出す日々。
最初は、毎日、お風呂に入れてやる余裕すらありませんでした。
家事育児が大変過ぎて、それまで、大変だと思っていた仕事ですが、何も変わらなかったので、勤務時間が休憩時間のように感じるほどでした。
そんな忙しい日々の中でも、妻が頭から離れないのです。
家のどこにいても、妻との思い出があり、何が目に入っても、そのたびに、妻を思い出すんです。
妻は、こんな大変なことを毎日愚痴も言わずにやってくれていたんだなって思うと、妻への感謝に変わるんです。
大変であればあるほど、妻への感謝は深くなっていきます。
妻が亡くなるまでは、随分と難が無い「無難」な人生雄送ってきたと思います。
言葉では、「妻に感謝」とか言ってた気がしますが、今から思うと、口先だけのような薄っぺらい言葉でした。
無難な人生を歩んでいると、何気ない日常の「感謝」に気付かないものなのです。
私は、愚かで、自分の人生に難がやってきて、初めて気が付くことができました。
私は、身を持って、大変な難有りの人生を経験し、「有難い」と感謝につなげることができました。
無難な人生ではなく、難が有るから「有難い」人生。
昔の人は、良く考えたものです。
昔は、難ばかりの人生を送っていた人類も、今の時代は、随分と難が少なくなったように思います。
難が少なくなるにつれて、感謝も感じられなくなり、自分勝手、身勝手に振舞う人も多くなっているのかもしれません。
私は、無難な人生だった頃より、難を経験した今の方が、ずっと幸せを感じています。
しかし、矛盾しますが、娘には、幸せになって欲しく、苦労が無く、何も無い無難な人生を歩んで欲しいと願っています。
寂しい思いもして欲しく無いですし、ひもじい思いもさせたくありません。
でも、娘に大きな難がやってきた時に、自分の人生を悲観するのではなく、有難いと感謝できるようになって欲しいと思います。
たしかに、小さな難には、愚痴しか出ないことも多いかもしれないが、難が大きければ大きいほど、有難い人生になることを教えておきたいと思います。
本当の幸せは、有難な人生の中にある。
それでも、やはり娘には、無難な人生を願いますけどね。
平和で無難な人生を歩んでいく娘に、私が、何を言っても小うるさい親父だと、聞く耳を持ってくれないかもしれませんが、私が教えるべき大切なことなので、しっかりと何度でも伝えていきたいと思います。